ロシアインダストリー4.0
先日、ロシアではサイバーセキュリティやIoTなどのデジタルエコノミー分野について、2020年までに標準化が進められる、と報道されました。
標準化が進められるのは、以下の6分野です。
- サイバーセキュリティ
- ビッグデータ
- IoT
- スマートマニュファクチャリング
- スマートシティ
- AI
これは、今年の夏にプーチン大統領によって承認された「ロシアデジタルエコノミー開発プログラム」に端を発しています。今回はロシアにおけるIoT分野をみていきたいと思います。
ロシアインダストリー4.0
ロシアにおけるIoT分野は、国際的なリサーチ会社であるIDCの調査によると、2017年時点ですでに約40億ドル、2020年までには約90億ドルまで市場拡大すると報告されており、政府としても次のハイテク産業として注力していく分野になります。
IoTと一言に言っても、その範囲はウェアラブルデバイスのようなコンシューマープロダクツから、ネットワークやクラウドサービスなどのインフラまで、様々なサービスを含みます。シリコンバレーのVCが2015年に作ったカオスマップでは、IoT業界は、①コンシューマー向け、②エンタープライズ向け、③インフラストラクチャに分けられました。
一方で、2016年にGeektimesが作成したロシア版のカオスマップでは、以下の7項目に分けられており、特にエンタープライズインターネットについては、政府も大きな関心を持っています。
出典:Geektimes
実際、私が今年参加したエカテリンブルクでの国際見本市「Innoprom 2017」でも、ファクトリーオートメーションやエンタープライズ向けIoTが大きく取り上げられていました。
▼日露共同プロジェクトとしてチェリャビンスクの教育系スタートアップの展示会参加・日本進出リサーチを支援
ロシアIoT規格の標準化
IoT規格の標準化については、IoTがカバーする範囲の広さや、市場自体の魅力から、世界中で様々な業界団体やアライアンスが生まれています。特に、エンタープライズ向けのIoTでは、規格の標準化と産業への早期導入が望まれており、多くの業界団体が存在しています。グローバルなアライアンスへは、ロシアからはロステレコムとカシペルスキーラボが、Industroial Internet Consortium(AT&T, Cisco, GE, Intel, IBMなどが中心となって設立された)に参加しています。
▼IoT産業のアライアンスMAP
出典:Geektimes
ロシア国内では、2016年に産業貿易省の主導で、ロシアIoTの標準化を目的とした、2018年までのロードマップが作成されました。作成の実務をになったのは、政府系ファンドのインターネットイニシアティブ開発基金です。プロジェクトは6月の「Innoprom 2016」で発表され、30以上の組織と70人以上の専門家が関わりました。ワーキンググループには、Samsung、T-One Group(交通状況のモニタリング技術)、ベンチャー投資も行うSistemaのグループ会社、ロステレコム(通信会社)、インターネットイニシアティブ開発基金などが参加しています。また、参画した専門家の多くが、その後IoT協会のメンバーとしても活躍しています。
▼インターネットイニシアティブ開発基金とモスクワ国立工科大学によって設立された「IoT協会(英:Internet of things association)」
IoTのロードマップによると2018年までに、IoT機器用マイコンとナローバンド、ブロードバンド無線モジュールの為のオープンソースコードが開発され、2020年までには870〜876MHz、915〜921МHz帯で作動するIoT機器が5億台製造されるとしています。現状、ロシアで作動しているIoT機器は2,000万台と推定されています。また、2020年までにIoT関連で30ものイベントが開催されることになっています。
ロードマップでは以下の4つの方向性で、ロシアIoTの標準化を進めていくとされています。
- 2017年第四四半期までに、IoTのインフラストラクチャにおける統一要件の作成。特にエンタープライズ向けIoT分野。
- IoT機器の近距離無線通信における870〜876MHz、915〜921МHz帯域の利用可能性への検討。864〜870МHz帯域の利用条件の確認。(ロシア、ヨーロッパのLPWAは868MHz帯を利用している。ロシアでは、この帯域を利用しているのは、ストリシュ(露:Стриж)、net868(露:Сеть868) とEverynet。)
- IoTデバイスの接続を含む、694〜790MHz帯域でのモバイルブロードバンドの大規模導入
- 2018年第二四半期までに、エンタープライズ向けIoTのデータ保管・保護に関して、規格とプロトコル技術の提言作成
IoTカンファレンス in Moscow
2015年から始まり、今年で4回目の開催となるモスクワのIoTカンファレンスでは、今年もカシペルスキーラボなどの民間企業、IoT協会などの業界団体、ロシア産業貿易省などから専門家がスピーカーとして登壇し、IoTの技術分野から法整備・標準化に到るまで、幅広く議論されました。
カンファレンスを主催したのは、2016年に創業され、IoTクラウドプラットフォームを提供するRightechです。また、インターネットイニシアティブ開発基金や、IoT協会、IoT関連の情報発信を行うiot.ruもパートナーとして協力しています。
また、ロシア・CIS諸国で初めてLPWAを提供したプロバイダーであり、IoTプラットフォームを提供するストリシュも展示ブースを出展しました。ストリシュは2015年にスコルコボの入居企業となり、インターネットイニシアティブ開発基金の主催するアクセラレータープログラムにも参加しました。2016年には、200万ルーブルの資金調達にも成功し、業界における認知度も高い企業です。
今回は、ロシアにおけるIoT分野の概要をお伝えしました。製造業とも関わりの深いこの分野は、国内産業振興で製造業の発展に力を入れているロシア政府としても鬼門となる分野です。今後も、政府のバックアップのもと、大きく発展していく分野になると思います。次回は、分野ごとにもう少し各企業の紹介ができればと思います。
ロシアにおける仮想通貨規制の変遷
10月、プーチン大統領は政府と中央銀行に対し、ロシアにおけるICOと仮想通貨マイニングについて、2018年7月までに法整備を進めるよう指示しました。発表の中では、マイニング事業者は情報拡散事業者として、国家レジストリへの登録と求められ、納税義務が課されることについて言及されました。
2014年から現在まで、ロシアにおける仮想通貨規制の変遷を追ってみたいと思います。
ロシアにおける仮想通貨規制の変遷
2009年にサトシ・ナカモトによって発表されたビットコインは、2013年に当時としての最高価格1BTC(ビットコインの単位)=1,100ドルをつけましたが、その後は中国政府の規制、日本でも話題になったマウントゴックスの閉鎖に伴い、価格が低迷しました。
出典:Wikipedia
その後、日本の改正資金決済法施行に伴う、日本での需要に支えられ、2017年9月30日現在、1BTC=4,300ドルまで値を上げています。取引数は現在に至るまで増加の一途を辿っています。
2014年から15年にかけて、ロシアではマネーロンダリングや裏社会的な活動をする集団への融資に使われる可能性があるとして、財務省が厳しい規制をかけていました。一方で、ロシア中央銀行やロシア最大のデジタル決済ベンチャーのQIWIが、共同研究を行うなど、ロシアにおける仮想通貨の可能性については議論が続けられていました。
2015年の半ばあたりから、厳しい規制をかけてきた財務省でも、ビットコインに対しては規制をしていくものの、その根幹となるブロックチェーン技術に対しては、開発を歓迎するなど、発言に変化が見られるようになります。
2016年、ロシア右派活動家のボリス・チトブや、リベラル政党のParty of Growthによって、ビットコイン合法化に向けての活動が活発になり、財務省も規制緩和に向けて動き始めます。同年11月29日、ついにロシアにおけるビットコインの使用に罰則を与える案が撤回されました。
▼成長党(英:Party of Growth)代表のボリス・チトブ
出典:Wikipedia
2017年に入ると、財務省はロシアにおけるビットコイン取引における合法化について示唆するようになります。7月のサンクトペテルブルク国際経済フォーラムにおいて、プーチン大統領は、ビットコインに次ぐ取引高の仮想通貨イーサリアムを開発したヴィタリック・ブテリンと会話を交わし、仮想通貨取引に興味を持っていることが報道されました。
8月には国内最大の業界団体となるロシア暗号通貨・ブロックチェーン協会が発足され、政府と業界の間で議論を活性化する立場を担う形となります。また、9月には、国内の大学5校で、ビットコインに代表される仮想通貨やブロックチェーン関連の講義が行われることが判明しました。
ロシア人の仮想通貨熱
ロシア暗号通貨・ブロックチェーン協会によると、現在ロシアにおける国内の仮想通貨のトレーダーは150万人と推定され、LiveCoinや、YoBit.Netなどのロシア発取引所も続々と生まれてきています。
また、電気代の安いロシアでは、マイニング(コンピューターを用いて、仮想通貨ネットワークを安全に保つための演算処理を行い、その報酬として仮想通貨を手に入れる行為)に対する需要も高く、国内の個人マイナーは50,000人を超え、事業としてマイニングに取り組む企業だけでも1,000を数えます。
今年になってから、仮想通貨・ブロックチェーン関連のイベントも数多く行われており、サンクトペテルブルクでは8月にWavesが主催する「ICO Hypthon」、9月にはインターネット技術に関する大統領顧問をつとめるゲルマン・クリメンコがスピーカーとして登壇した「Blockchain Life 2017」が開催されました。モスクワではレッドオクトーバーにて、毎週のようにブロックチェーン勉強会が開催されており、10月には同地にて「International Blockchain Forum」が開催されました。
▼「Waves」
アレクサンドル・イワノフによって2016年にローンチされた、仮想通貨による資金調達を可能にするブロックチェーンプラットフォーム→詳しくはこちらの記事を参照
▼インターネット技術に関する大統領顧問をつとめるゲルマン・クリメンコ
出典:Wikipedia
ICOバブル
仮想通貨を使った新しい資金調達方法ICO(Initial Coin Offeringの略。「トークン」と呼ばれる仮想通貨を発行し、それを販売することで開発費や研究費を調達する。)がバブルを迎えています。以下は、ロシア発のICO案件です。その調達額に注目して下さい。
▼「MobileGo」5,300万ドル
発行したトークンでアイテム購入ができるモバイルゲームプラットフォーム
▼「Russian Mining Center」4,320万ドル
ロシア政府も後押ししている、次世代のマイニング機器を開発するプロジェクト
▼「SONM」4,200万ドル
ブロックチェーン技術を活用したフォグスーパーコンピューティング
▼「Blackmoon Crypto」3,000万ドル
投資ファンドのためのトークン化プラットフォーム
▼「KICKICO」2,090万ドル
ブロックチェーンによる資金調達プラットフォーム
ICOのプロジェクトには、技術的に実現可能性の低いものも含まれています。しかし、それにもかかわらず多くのロシア発スタートアップが資金調達に成功しています。実際、私の友人のスタートアップ数社もICOに取り組んでいます。
2016年頃からロシアの仮想通貨における規制緩和は、ICOバブルを経て、改めて慎重な議論が求められており、今後の動向に目が離せなません。一方でプーチン大統領をはじめとして、政府は技術活用には関心があり、業界との対話姿勢を取っています。中国やアメリカなど世界が規制強化に動く中、妥協点を見つけ、成長産業に育てることができれば、IT人材の流出にもブレーキをかけることができるかもしれません。
ロシアe-Healthの主要スタートアップを紹介
今回はロシア遠隔医療の続編です。ロシアのe-Healthに関わるスタートアップを紹介します。
オンライン医療
コンサルテーション
DocDoc.ru
ロシア最大のオンライン医師予約プラットフォームです。ヨーロッパロシア、シベリアの14都市にサービスを展開しています。これまでに120万人近いユーザーが利用しており、2,500以上の病院、40,000人以上の医師と提携しています(2017年8月29日現在)。日本でもオンラインの診察予約サービスはありますが、医師を選ぶというのがロシアならではです。
使い方は至ってシンプルで、診察を受けたい専門(内科、耳鼻科など)、診察を受けたい病院のエリア、時間帯を入力すると、条件に該当する医師を提案してくれます。診察可能時間と、値段、医師のレビューなどを見ることができます。また、医師の学歴や職歴なども細かく掲載されています。モバイルアプリはPlayストアで、10,000回以上ダウンロードされています。
▼モバイルアプリインターフェース
DocDocは2017年5月にロシア最大の銀行ズベルバンクによる買収が発表されました。買収金額は公表されていませんが、ズベルバンクが79.6%を保有することなる為、専門家によると8億~16億ルーブルと推定されています。
Online Doctor
以前にも紹介した、オンライン医療コンサルテーションのプラットフォームです。プラットフォーム上では、オンラインコンサルテーションから医師の予約までワンストップで行うことができます。1回のコンサルテーション費用は、800ルーブルからです。
また、運営元のMobile Medical Technology社が提供する「Pediator24/7」は小児科医に特化したプラットフォームで、今年の「Startup of the Year2016」でオーディエンス賞に選ばれています。
▼「Pediator24/7」についてはこちら
ONDOC
ONDOCは、個人の医療カルテ作成から、医師のオンライン予約、オンラインコンサルテーションまでワンストップで提供するプラットフォームです。ユーザー自身が日々のチェックを行えるように、体重や血圧などの基本的な情報から、各専門医からの診断やアドバイスなども記録できるようになっています。
また、検索した医師については、オンラインでのコンサルテーション(チャットかビデオ通話を選べる)、オンライン予約ができるようになっており、機能的にはDocDoc.ruやOnline Doctorと重複する部分がありますが、よりパーソナライズに特化したアプリケーションと見ることができそうです。
▼モバイルアプリインターフェース
ONDOCは、上記で紹介した「Startup of the Year」の2015年の受賞者でもあり、また、1997年から続くITプロジェクトのコンクール「Golden Site」で、2015年医療ポータル部門を受賞しています。
▼「Golden Site」
СпросиДоктора(英:Sprosidoktora)
プラットフォームに登録された医師に質問を投げ、コンサルテーションを受けることができます。1,000人以上の医師がサイトに登録しており、5万件以上の質問に対し、4万件以上の回答がされています。毎月のサイト訪問UUは30万人を越えます。
料金体系にはいくつかのプランが用意されています。回答される保証がなく2-3日以内の返信で問題なければ、無料で質問を投げることができます。即日回答を希望するのであれば、質問投稿1回あたり149rub、1-2日以内の回答であれば49rubを支払う必要があります。また、ビデオ通話によるコンサルテーションを受ける事もできます。1回あたり15分で300rubです。
▼料金表
また、質問やオンラインコンサルテーション以外にも、各種医療検査の分析(75rub)や、検査結果を元にした医師からのアドバイス(149rub)、医師に書いてもらった書類の解析(筆跡が汚くて、読めないことがある) 、などのサービスも提供しています。
DOC+
DOC+がかかえる専属医師に往診してもらうことができます。内科医、小児科医、耳鼻科医、神経科医、検査の為の看護師を呼ぶことができます。往診を以来する地域によっても値段が変動します。現在はモスクワに限ってのサービス提供です。
例)モスクワ市内に内科医に往診にもらう場合 →2,300rub(郊外は5,000rub)
また、チャットを使って、オンラインでのコンサルテーションを受ける事もできます。こちらはサブスクリプションモデルで、小児科医であれば初月無料、2ヶ月目以降は300rub/月、1,599rub/半年、2,999rub/年、それ以外の専門医であれば、初月100rub、2ヶ月目以降は400rub/月です。このプランに入っていれば、往診を25%ディスカウントで依頼することができます。
健康記録、医療記録の保存
Izitherm
Izithermは専用のシートを脇の下に貼ることによって、常に体温データがBluetoothを通してモバイルアプリに送られてきます。シートには3Mの開発した素材が使用されており、アレルギーの心配などがなく、安全です。
Izithermは2016年から、ノヴォシビルスクのアカデミパーク内で高い品質管理基準のもと、製造されています。また、インターネットイニシアティブ開発基金のアクセラレータプログラムを修了し、同ファンドから210万rubの投資を受けています。
▼アカデミパークについてはこちら
Welltory
Welltoryは、スマートフォンのライト部分に指をかざすだけで、血圧や心拍を測りストレス値やエネルギー値というパラメーターを用いて、自分の体調を測定できるモバイルアプリを提供しています。有料プランはサブスクリプションモデルで、199rub/月です。このプランでは200以上のデータソースを用いて、より詳細に自分の体調を測ることができます。また、蓄積された健康データを用いて、999rub/月で専門の分析医からコンサルテーションを受ける事もできます。
▼インターフェース
UNIM
UNIMは、患者が遠隔でもがん診断にかかるコンサルテーションを受けることができるように、Digital PathologyというSaaSプラットフォームを開発しました。がんの検査キットはロシア連邦内であれば無料で配送されます。費用は22,500rubからで、すでに実施された検査のセカンドオピニオンを依頼する事もできます。検査には海外の専門医も参加します。検査結果は3~4営業日後にはオンラインで確認できます。また、コンサルテーションもオンラインで受ける事ができるので、近くにがんセンターのない患者にとっては、画期的なソリューションとなっています。
BtoB
Doctor at Work
完全クローズドな医師のSNSです。50万人以上の医師が登録し、ロシア・CIS諸国の34%の医師が登録しており、ロシア語圏最大の医師ネットワークを形成しています。2009年に創業してから、数々のコンクールで受賞しており、ファウンダーのサージン・スタニスラフはロシアのe-Health業界では有名人です。
今後は、その巨大な医師ネットワークを活用して、医師のオンライン予約や、遠隔医療分野にサービス展開していくことが想定されています。
Cправаочник врача(英:Spravochnik vracha)
専門家向けの医療情報モバイルアプリです。この分野では、パイオニア的存在として、300,000人以上の医療関係者が登録しています。医療用語の用語集、計算ツール、論文の閲覧、医療トピックニュース配信を提供しています。運営会社の「MIR」は、BtoCで、個人の健康データを記録できる「My Health」も開発しています。
また、e-Health業界には大手IT企業も進出しています。ロシア最大のITホールディングスであるMail.ruグループや、ロシア最大の検索ポータルYandexが自社サービスを展開し、また積極的に投資も行なっています。
もちろん、多くのVCもロシアのe-Healthスタートアップに投資しています。以下は、代表例です。
- Guard Capital (DocDoc.ru, ≪Doctor at Work≫, GetBetter)
- Prostor Capital (VitaPortal)
- Runa Capital (VitaPortal)
- Intel Capital (CardioDX)
- インターネットイニシアティブ開発基金
(«Кардиоритм», UNIM, «MIR», など) - Maxfield Capital (Patients Know Best, Sensoplex, など).
- ru-Net Holdings (Practo)
- ロシアベンチャーカンパニーバイオファンド
(«РТМ Диагностика», «Экзоатлет», «Семиотик») - Altair Capital (Wealth)
ロシアの医療は平均寿命の伸長や、医療施設の再編、医師の処遇改善など問題が山積です。政府は日本との経済プランに医療分野を盛り込むなど、海外からの技術・ノウハウを取り込んで、医療改革に力をいれています。スタートアップが持ち込むIT技術がどのように、ロシアの医療現場を先進国のレベルに引き上げていくのか、規制問題も含め、今後の動向が注目されます。
参考記事→
新法案に揺れるロシア遠隔医療市場
規制の入ったロシア遠隔医療
7月30日、遠隔医療についての法案改正にプーチン大統領が正式に署名しました。これにより、ロシアには遠隔医療について明確な規制がかかることになりました。
法案によって、明確に定義されたのは、大きく分けて以下の3点です。
- 医師は遠隔診療で「診断」を下すことはできない。遠隔で医療コンサルテーション(「診断」には該当しない)を受けることは可能だが、2回目以降の診察に限る。初診は従来通り、病院にて診察を受けなければならない。
- 患者は遠隔でも処方箋、証明書などの各種書類を電子版で受け取ることができる。
- 患者は医師から医療コンサルテーションを受ける際は、政府が管理する一元管理システムへの登録が必要となる。
政府が一元管理する医療システムには、ロシア全土の公立病院、私立病院、各種医療機関が接続され、電子カルテシステムが導入されます。タス通信によると、このシステムの開発・保守点検にかかる予算は年間7億5000万ルーブルと試算されています。
法律の施行は2018年1月からです。IT業界は今回の法案を非常に残念に受け止めています。遠隔診断を認めるべきと、既存の医療業界と戦ってきたインターネットイニシアティブ開発基金のヌルベコフ氏はインタビューの中で、「我々は昨年この議論を始めた時点に戻ってしまった。法案は患者のリモートによる経過観察についてであって、遠隔”医療”についてではない」と答えています。
それでも、専門家たちはここ3〜5年でロシアにおける遠隔医療は大きく発展する分野だと信じています。今回は、ロシアの遠隔医療について、見ていきたいと思います。
▼遠隔医療についてはこちら
成長する民間の医療サービス市場
ロシアにおける医療分野は、日露経済協力プランの中でも1番目に挙げられるほど、関心の高い分野であり、成長が期待されています。GDPも-0.6%を記録する中、2016年のロシア医療市場は、前年対比+4.7%の2,2兆ルーブルにまで成長しました。特に近年、民間の医療サービス分野の成長率が高く、2015年には6,720億ルーブルの市場規模になっています。
出典: BusinesStat
経済制裁とインフレーションによって、相対的な可処分所得が減っている現状でも、医療費への支出を抑えているのは、低所得グループであり、ミドル層、アッパーミドル層の食と健康への購買力は落ちていません。中でも、民間の医療サービスは、ロシアの国立病院などの公的サービスでは受けることができるものではない為、需要が集まっています。
▼ロシアの医療制度についてはこちら
ロシアの遠隔医療
現在、ロシア遠隔医療の年間サービス利用者は1,000万人とされており、1回の利用金額の平均が500ルーブルであることから、市場規模は50億ルーブル程度と試算されています。また、専門家によると、市場規模はここ3〜5年で200億ルーブル程度まで成長すると見られており、これは年率+40%の成長率です。
出典:エクスペルト紙から試算
ロシアで遠隔医療の技術が必要とされ、発展してきている分野としては、大きく分けて以下の4つが挙げられます。
- 時間外診療、救急医療
- 小児医療(特に生まれて1年目は、医師への相談機会は多いが、通院する必要がない場合も多い)
- 慢性疾患患者の経過観察(通院にかかる費用と労力をかけたくないという意思が働き、患者が診察に来ずに重症を引き起こすことがある)
- セカンドオピニオン
実際に、小児科医に特化した遠隔医療サービスの「Pediator24/7」への問い合わせにも、その傾向を見ることができます。
▼「Pediator24/7」 の詳細はこちら
現場の医師たちも遠隔でコンサルテーションする事に関しては、概ね理解を示しているようです。医師たちによるクローズドなネットワークサイト「Doctor at Work」が25,000人医師を対象にしたアンケート調査によると、回答者の70%が妥当性の検討には準備があるとし、メリットを感じられないと答えたのは7%にとどまりました。
出典:Doctor at Work
また、65%以上が遠隔でのコンサルテーションに対して、反対しないと回答しています。一方で、反対した医師の多くが、外来診療なしでの診察に難しさを感じているようです。
出典:Doctor at Work
これには、ロシア特有の事情が関係しているかもしれません。アンケート回答者の75%が診察室以外(ほとんどが電話ではあるが)で、患者とコミュニケーションしている事がわかりました。実際、私もかかりつけの医師とはViberで常に連絡が取れるようになっています。
▼かかりつけ医とはメッセンジャーで繋がっており、色んな事を質問できる
一方で、アンケート結果からは、実際に遠隔でのコンサルテーション経験があると答えた医師は、全体の21%にとどまりました。現場では、医師と患者の遠隔のコミュニケーションが成り立っているにも関わらず、遠隔でのコンサルテーションというと、回答率が下がるのは、遠隔医療に対する正しい認識の問題も含まれているのかもしれません。
出典:Doctor at Work
ロシアにおける遠隔医療のプレイヤーは大きく分けて、以下の3つに分けられます。
- IT企業(遠隔医療に特化したプレイヤーと大手IT企業の1サービスに分けられる)
- 国立病院、私立病院、各種医療機関
- 保険会社
現在、遠隔医療における契約形態は、サービスプロバイダー(1.のIT企業)と医療機関のBtoB契約になります。医師と直接の契約を結ぶことはありません。医療機関はサービスプロバイダーとの間で手数料のやりとりを行います。サービスプロバイダーは、基本はプライベートクリニックとの契約を好みます。公立の病院に比べ、意思決定のスピードが早いからです。
また、保険プランの一部に遠隔での医療コンサルテーションをサービスとして導入する、保険会社が出てきています。年間5~7,000ルーブルの保険料で、提携の医療機関から何度でもオンラインコンサルテーションを受けることができます。専門の医師への診察を希望すると、外来で1回2,100ルーブル、通常のオンラインコンサルテーションであれば800ルーブルがかかります。これに目をつけた保険会社が、他者との差別化で遠隔医療の分野に進出してきています。
▼「VTB銀行」は子供向けの個人加入保険にオンラインでの医療コンサルテーションのサービスを組み込んでいる
5,900ルーブルプラン:初診科の先生からコンサルテーションを受けることができる
12,900ルーブルプラン:専門の先生からコンサルテーションを受けることができる
▼「ルネサンス保険」は「ドクトルリャダム」と提携して、個人加入保険の購入者に初年度は無料でオンライン医療コンサルテーションのサービスを提供する
上記は、任意医療保険ですが、今後、オンラインコンサルテーションに強制医療保険の適用が検討されるようになれば、大きく市場が拡大していくことが予想されます。そうなると、今後は国立病院でもオンラインコンサルテーションの導入が進む可能性があります。
出典:BusinesStat
今後も成長が期待されるロシア遠隔医療ですが、今回の法案成立を受けて、成長が鈍化するのか、それとも明確な指針が示された事によって、参入プレイヤーが増え、市場は拡大していくのか。今後の動向が注目されます。
次回は、遠隔医療のITプレイヤー達を紹介します!
参考記事→
ロシア個人旅行にオススメ観光系WEBサービス
意外と知られていない
ロシアの観光産業
エネルギー大国のイメージが強いロシアですが、実は大きな観光産業を持っていることを知っていましたか?
日本政府観光局によると、2015年、ロシアの外国人旅行者の受入数は3,135万人で世界10位でした。インバウンドが騒がれる日本の2,404万人(2016年)と比較しても、ロシアの観光産業は十分に大きな市場と言えます。
出典:日本政府観光局(JNTO)
一方、2014年に国連観光機関で実施された調査では、ロシア人旅行者が海外で使う金額は、日本では旅行好きのイメージがあるフランス人やオーストラリア人を抜いて、世界5位の504億ドルであり、ロシア人のアウトバウンド旅行も非常に大きな市場です。
ちなみに、私が住むサンクトペテルブルクは、2年連続「ヨーロッパで最も行きたい都市」に選ばれているロシア最大の観光都市です。
出典:Zdanie.info(https://zdanie.info/2393/2467/news/9379)
不動産情報のZdanie.infoによると、2016年、外国人旅行客と国内旅行客を合わせた観光客数は700万人を超えました。2014年のルーブル暴落後、ロシア人の海外旅行者数は激減し、一方で、国内旅行者数は2015年から大きく伸長しました。また、国内旅行者増加の影響を受けて、チケット・ホテル、パッケージ旅行予約のオンライン化が進んでいます。観光産業にIT化の波が押し寄せており、周辺ITサービスも盛り上がりを見せています。
出典:Data Insight
また、Airbnbロシアが発表した報告によると、2016〜2017年にかけてAirbnbロシアの流通総額は$32Mでした(日本のAirbnbの74億円程度)。これは、ロシアのホテル・アパートメント宿泊業(民泊を除く)の市場規模が$36B(2130億Rub:2016年)であることと比べると、まだ1%未満のシェアとなっており、今後も大きく規模を伸ばしていくと考えられます。
▼ロシア・日本Airbnb比較
出典:泊まログ(http://tomalog.jp/airbnb/airlabo/)
観光系Webサービス
2017年から日露間でもビザ発給が緩和され、また、2018年は「日本におけるロシア年」の開催が決まっており、今後はロシアに旅行する日本人も増えていくことが予想されます。これからロシアへ旅行される方は、整備されつつある観光系のWEBサービスを賢く使って、旅行を満喫してみてはどうでしょうか。
tvil.ru
ロシア版Airbnbのtvil.ruは2011年にサイトをオープンしました。Airbnbとの相違点は、ユーザーに予約手数料が発生しないことです。ロシア国内ですでに50,000件の物件掲載があり、特にソチなどの黒海沿岸地域のリゾートホテルにおける掲載数が多いのが特徴です。
tutu.ru
tutu.ruは2003年創業のITベンチャーで、国内外の飛行機·鉄道·ホテル·ツアーのオンライン予約プラットフォームを運営しています。月に1,350万人のユニークユーザーがサイトを訪問しており、名実ともにロシア最大のブッキングサイトです。現在は各交通機関のサイト上でオンライン予約が可能になり、競争環境は厳しくなっていますが、返金対応がネット上で完結できるなど、細かいサービス対応で、優位性を保っています。
2гис(2gis)
以前にも紹介した、2gisはノボシビルスク発のITベンチャーで、地図アプリを提供しています。地図アプリだとGoogle Mapなどがロシア国内でも利用可能ですが、2gisの素晴らしい点は建物の入り口も正確に表示してくれる点。また、飲食店などの店舗情報も頻繁に更新され、営業時間や、クーポン情報などを知るにも便利です。2gisは調査員のフィールドワークによってデータ収集をしており、ロシアに最適化された非常に高いユーザビリティを誇っています。
▼シベリア潜入編はこちら
Taxovichkof
taxovichkof.ruサンクトペテルブルクのタクシー配車アプリであるTaxovichkof は、2014年創業のスタートアップ企業です。初乗り33ルーブルという低価格の実現と、車内でのwifiや充電の提供など、サンクトペテルブルクならではの旅行客向けのカスタマーサービスで、業界を牽引するポジションにあります。
beep car
beepcar.ru近郊都市への移動には、ライドシェアアプリを利用する方法もあります。beep carは、2017年2月にMail.ruグループが発表したライドシェアサービスです。すでにジョージアやウズベキスタンでも利用できるようになり、その規模を拡大中です。目的地には近日開催されるイベントも入力することもできます。アルファ銀行系列の保険会社と提携を結んでおり、サービス利用時に自動的に保険適用されるようになっています。
Whizzmate
Whizzmate
Whizzmateは海外旅行の際のコンシェルジュサービスを提供しています。1日3.95ドルから利用でき、ロシア人の英語話者が電話で、ユーザーの様々な質問に対応してくれます。チケット予約や、現地のロシア人との電話での代理交渉などに重宝します。
Timescenery
time.scTimesceneryはブッキングとSNSを組み合わせたトラベルサービスです。WEB上で、他人が組んだ旅行プランを参照し、そのまま予約することできます。旅行プランを公開した人は、本来であればTimesceneryに入るはずであった、代理店や航空会社からの予約手数料の70~80%をキャッシュバックとして受け取れる仕組みです。旅行上級者向けのサービスですが、旅行代理店にはないようなプランも公開されており、一見の価値があります。
2014年からのルーブル安は2017年の現在でも続いており、来年のサッカーW杯に向けて、さらに観光客が増えていくことが予想されます。インフラの整備が進むことにあわせて、ITスタートアップ業界でも、外国人向けの新しいソリューションが生まれてくるでしょう。日本も2020年に東京五輪が控えています。日本もロシアの観光産業から学べる所はあるでしょうか。
参照記事→
ロシアのベンチャー投資市場
近年、日本では、いわゆるアベノミクス第三の矢として成長戦略が掲げられ、イノベーションの創出やベンチャー企業支援が進められて来ました。2016年の国内ベンチャー投資が前年比2割増の2,100億円を記録し、初めて2,000億円を突破しました。
今回は、ロシアにおけるベンチャー投資について、概観してみたいと思います。
マクロ経済の影響色濃く
ロシアベンチャーキャピタル協会(RVCA: Russian Venture Capital Association)の調査によると、2016年のロシアにおけるベンチャー投資件数は、昨年対比+10.5%の210件で、投資金額は前年の85%にあたる$128Mでした。投資件数は2013年から基本的には増加傾向となっています。
出典:「RVCA」
▼ロシア初のベンチャー投資専門機関「Russian Venture Capital Association」
- 1997年に設立
- ヨーロッパの「Invest Europe」、「National Venture Capital Assocition」に加盟
- 主な活動は、イベントの開催、専門家の育成・ベンチャー企業とのマッチング、各種リサーチの提供
2013年から投資件数が急激に伸びている背景には、プーチン大統領の発案によって設立された「インターネットイニシアティブ開発基金」(iidf:Internet Initiatives Development Fund)の影響があります。主に、シードステージ・アーリーステージの企業を投資対象とする政府系VCファンドで、毎年80社程度に投資し、ファンド総額は60億ルーブルです。
▼「Internet Initiatives Development Fund」
また、2012年はロシア版シリコンバレーのスコルコヴォが創設された年であり、当初は潤沢な資金が投入されましたが、2014年の経済危機を境に市場におけるベンチャー投資額は低迷を続けています。これを受けて、一回の平均ディール額も2016年は$60万となっています。
政府主導のベンチャー市場
ロシアのベンチャー投資市場においては、どのような分野の投資案件が多いのでしょうか。
出典:「RVCA」
「RVCA」の調査によると、全体の7割近くがIT・通信系の投資案件であることがわかります。また、近年は医療分野やロボット産業への投資も増えてきています。
特にICT分野における投資案件の内訳として、最も多いのがビジネスソリューションの分野です。次いで、近年、数は減少しているものの、Eコマース、教育、広告分野への投資が多くなっています。一方、ここ数年増えているのが、キュレーションサービス・プラットフォームへの投資です。2016年は16件、$11Mが投資されました。
出典:「RVCA」
ロシアのベンチャー投資における一つの特徴として、政府系ファンドの投資案件の多さが上げられます。2013年には、投資案件の43.5%が政府系ファンドから投資を受けています。
特に、バイオ/医療、産業技術系の投資案件に関しては、2013年はほぼ100%政府系ファンドが投資しています。近年は、この政府系ファンドの投資案件数は、徐々に減ってきており、また投資分野もIT・通信分野への投資数が多くなってきています。
出典:「RVCA」
出口戦略
ロシアベンチャー市場において、最も問題とされるのが出口戦略です。日本のマザーズやJASDAQのように、新興企業向けの株式市場がない為、事実上、ロシア国内におけるIPOの可能性はないと言っても過言ではありません。
これらの状況から、ベンチャー企業にとってのExitは必然的にM&Aや事業売却が中心になります。2016年のExit件数は34件でした。件数自体は直近3年間で右肩あがりではあるものの、Exitにかかる金額は、2016年は前年の69%にあたる$590Mです。平均の売却金額は年々減少傾向にあり、ベンチャー投資金額全体も減少傾向にあることから、しばらくは苦しい状態が続くと思われます。
出典:「RVCA」
また、外資系ファンドからの投資件数、金額、ともに減少傾向であり、ロシアのスタートアップが国外に出口戦略を見出すために、米や欧州に拠点を移す事例が多くみられます。私のいるサンクトペテルブルクでは主にバルト三国や東ヨーロッパに会社登記をして、開発チームだけをロシアに残すスタートアップが多くなっています。
世界における
ロシアベンチャー市場
やはり、世界のベンチャー市場と比較すると、ロシアのベンチャー投資は遅れていると言わざるを得ません。一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンターの調査によると、世界で最もベンチャー投資が進んでいる米国、欧州に続いて、中国でもベンチャー投資市場が大きく成長しており、2015年には投資社数が3000件を超えています。また、冒頭でもあったように、市場が拡大してきており、2015年の投資金額は$1.16Bと、ロシアの約7倍の規模でした。
現状ではロシアのスタートアップは政府系ファンドからシードマネーを調達し、早々に海外に拠点を移し、海外でリスクマネーを調達することが得策と言わざるを得ない状況です。そういった意味では、日本市場から大手企業がオープンイノベーションなどの枠組みで、ロシアの優れたスタートアップに投資をし、日本市場や世界市場に展開していくという方向性はあると思います。
ロシアでLineが使えなくなった本当の理由とは
ロシアで「Line」
が使えない?!
2016年11月にロシアで「LinkedIn」が使用停止になった報道は、日本でも驚きを持って迎えられたと思います。
それが今度は、「Line」も使用禁止になるというニュースが出ました!!!
ロシアの通信規制当局(Roskomnadzor)の発表によると、メッセンジャーappの「Line」 、「BlackBerry Messenger」、「Imo.im」、ビデオチャットの「Vchat」が今回は対象です。規制理由は、上記の4サービスが、「情報発信者としての登録を拒否した為」となっています。
▼ロシアの通信規制当局「Roskomnadzor」
そもそも、なぜロシアはこれらのSNSやメッセンジャーappを使用停止にするのでしょうか。事の発端は、2014年に制定された連邦法第242-FZ号「情報・電子通信ネットワークにおける個人情報の処理手続きの適正化に関する一部のロシア連邦法の改正について」で、従来の個人情報の取り扱いについて、法改正された事がきっかけです。
個人情報の国内管理規制
企業等が取得した個人データをロシア国内にあるサーバーで保管し処理すること(データローカライゼーション)を義務付ける法律(2014年7月21日付連邦法第242-FZ号「情報・電子通信ネットワークにおける個人情報の処理手続きの適正化に関する一部のロシア連邦法の改正について」)は、ロシア個人情報保護法を含む3つの連邦法の改正法として、2015年9月1日に施行された。同改正法では、ロシア国内の事業者(外資系企業の現法、支店および駐在員事務所を含む)および海外の事業者であっても、ロシア国内向けのウェブサイトを通じて個人情報を収集する者(オペレーター)は、ロシア国民の個人情報をロシア国内で保存、管理しなければならない。また、オペレーターは、個人情報(ロシア国民のものであるか否かを問わない)を処理するサーバーの場所を含む通知を通信・情報技術・マスコミ監督庁(Roskomnadzor)に提出しなければならない場合もある。
ロシアの通信規制当局(Roskomnadzor)のサイトでは、ドメイン、URL、IPアドレスのいずれかを入力する事で、サイトへのアクセス制限を見る事ができます。
▼入力画面
▼検索結果:「linkedin.com」
「LinkedIn」はモスクワ地方裁判所の決定により、条文15.5が適用されている。
条文15.5は「個人情報に関する権利侵害」。
▼検索結果:「line.me」
「Line」の場合は「Roskomnadzor」によって法が適用されています。
条文15.4は「インターネット上の”情報拡散事業者”登録」。
「Roskomnadzor」によると、「情報拡散事業者」の定義は1日に300,000人以上のユーザーからアクセスを受けるサイトを指します。そして、「情報拡散事業者」は連邦政府の有するレジストリに登録しなければいけません。これは、「Roskomnadzor」のサイトから自身で行うこともできます。今回、「Line」が利用停止にあったのは、この登録を拒んだ為ということになります。「LinkedIn」がロシア国内で利用できないのとは、少し事情が異なります。
この「情報拡散事業者」レジストリには、ロシア初のグローバル出会い系サイト「Badoo」や、「Yandex」「Mail.ru」「VKontakte」「Rambler」のようなロシアIT企業の雄、そしてIT系メディア「habrahabr(露:Хабрахабр)」「Roem」なども登録しています。
検閲と戦う「RosKomSvoboda」
禁止サイトや「情報拡散事業者」登録は、「RosKomSvoboda」のサイトから見る事ができます。
▼「RosKomSvoboda」
「RosKomSvoboda」は2012年に連邦政府による禁止サイトの一括管理(「サイトブラックリスト」)が決まってから、創立された民間機関です。規制当局である「Roskomnadzor」への対立機関として、その名前が付けられました(ロシア情報通信の”自由”の意)。現在は、個人情報にかかる権利保護と、不当にブロックされたサイトのオーナーの擁護活動を旗印に、IT業界に関わる法制定・規制制度のモニタリングと、サイトブロックへの反対活動を行なっています。また、各種統計や分析も見る事ができます。
▼ブロックサイトの摘発機関別割合
統計からは、摘発機関のうち、全体の35.8%を裁判所(青部分 露:Суд)、31.6%を税務庁(緑部分 露:ФНС)が占めている。「Roskomnadzor」は全体の9.9%に過ぎない。
出典:「RosKomSvoboda」
また、ロシアにおけるインターネット検閲の歴史も振り返る事ができます。
日本ではロシアにおける外資のITサービスが利用停止のニュースは、ロシア対外資の文脈で報道される事が多いですが、それよりもロシア国内における検閲問題や報道規制などの、「表現の自由」「国家の個人情報管理」の問題が外資のITサービスにも影響を及ぼしていると捉える方が自然のように思います。
ロシア国内のIT企業は2014年の改正法制定に合わせ、大手企業も着実にレジストリ登録に取り組みました。また、Googleを始めとする大手の外資系IT企業も、2015年の改正法施行後、ロシアのサーバーにデータを移転する発表をしました。
出典:ロシアNOW
また、ロシアにおけるITパークもクラウドサーバーのサービス利用を推奨しており、2015年の改正法施行前の時点ですでに5,000社の申し込みを受けていると発表しています。
国内外の大手IT企業はロシア政府の法改正に反対しながらも、柔軟に対応しており、今のところサービス停止になっているのは数社程度です。「LinkedIn」もMicrosoftを通して、当局側とコンタクトをとり、サービス復活を検討しているとも言われています。
とはいえ、外資系のIT企業にとっては、データ移転に関するコスト増は避けられません。
主にサーバおよびストレージ・システムの購入、エンジニアリング・サービス、またデータ保護設備、通信チャネル設備、ソフトウェア・ライセンスの購入などの費用だ。ロステレコムと契約を結んだグーグルの場合、自社サーバ用スペースの賃貸契約額が月10万8000ルーブル(約20万2000円)である。このような大手企業は、数百台から数千台のサーバを必要とするという。
出典:ロシアNOW
また、昨年外資のIT企業が提供するWeb上のコンテンツ(オンラインゲーム、音楽、データベース、CRM、検索サービス、ホスティング、電子書籍、動画、画像)に関しても、付加価値税を課税するという法律が制定され、Googleが付加価値税の18%分を上乗せするという文面をクライアントに送っていた事がわかりました。
上記のブロックサイトの摘発機関において、全体の30%が税務庁である事からも、今後は税制面でも外資のIT企業に関しては、規制が強まっていく事が想定されます。
今までのロシアにおけるインターネット検閲と外資規制の歴史と現状を鑑みると、今回の「Line」の一件は、単にサイトがブロックされたのではなく、ロシアは「Whatspp」「Viber」の利用者が多く、またVKの創設者であるPavel Durovが開発した「Telegram」の利用も広まりつつある中で、サーバー移転費用や今後の課税問題と、市場における競争環境からビジネスジャッジとして、「Line」がレジストリ登録を拒否したのかもしれません。