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【ロシアにおける5G-その現状と展望】

移転しました。

現在最も主流な通信システムである4G・LTEが現れてから約10年、今世界中で通信インフラを次の世代「5G」へと発展させようとする動きが盛んであるといえます。2018年上半期に標準仕様が定まり、同年10月にはアメリカで最初の商用5Gサービスが開始されました。日本では、2019年秋のラグビーワールドカップに向けたサービス開始を目指しており、韓国や中国でも2019年内での5Gの展開が予定されています。

 

世界的に5Gサービス開始に向けてインフラ整備や制度改正などが進められている中、「隠れIT大国」とも称されるロシアではどのような動きがあるのでしょうか。

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①ロシアにおける5G開発

 

⑴5Gとは何か

 

本題に入る前に、まずは簡単に5Gについて解説していきます。5Gとは、第五世代移動通信システムの略称であり、4Gの後継技術を指します。特徴として、主に以下の3つのことが挙げられます。

 

まずは、超高速であること。最高伝送速度は10Gbpsで、4Gの10倍の速度です。動画視聴等の容量を多く使うサービスの高速化が期待できます。

 

次に、超低遅延です。5G通信によって発生する遅延は1ミリ秒程度だと言われています。これにより、医療や工事現場等におけるロボットの遠隔操作や、VR等のリアルタイム同時利用などが実現可能です。

 

最後に、5G回線は多数同時接続です。1平方kmあたり100万台もの機器を同時にネット接続することが可能です。IoT発展のために必要な技術であり、スマートハウス、スマートシティなどに応用することが考えられます。

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「超高速」、「超低遅延」、「多数同時接続」の3つの特徴を備えた新しい通信インフラ、それが5Gです。事項では、この新しい通信インフラがロシアではどのように開発されているのかについて具体的に見ていきましょう。



⑵ロシアにおける5G開発

 

ロシアの「デジタル発展・通信・マスコミ省」によると、ロシアでは2019年にテスト機導入、2020年に商用5Gサービス開始を目指して開発が進められています。また、2015年までに、人口が100万人以上の都市の内16箇所で5Gインフラの導入が予定されています。現在は計画実現に向けて、国営企業、ロシア通信4大キャリア(MTS、Beeline、メガフォーン、Tele2)が中心となって開発、整備等が進めてられています。

 

❶ロステレコム

 

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https://www.company.rt.ru/about/identity/logo_new/original/RT_full_logo-CMYK_Vertical_rus/RT_full_logo-CMYK_Vertical_rus.png

ロステレコムは国営の通信系企業です。スコルコボ財団、Nokiaと共同で、ロシアで最初の5Gテストゾーンをモスクワのイノベーションセンター「スコルコボ」の敷地内に設立しました。テストゾーン開設のセレモニーでは、4Kビデオ再生のデモンストレーションが行われました。現在ロステレコムは、5Gインフラをロシアの4大キャリア等へ提供をするための開発事業を積極的に進めています。

 

❷МТS

 

2018年夏にロシアでサッカーワールドカップが開催された際、MTSはEricssonと合同でモスクワ、サンクトペテルブルク、カザン、ロストフ・ナ・ダヌ、二ジニー・ノヴゴロドエカテリンブルク、サマラで5Gのテスト機を導入しました。テスト機導入の結果、4G通信と比較して接続速度5倍・ロード速度2倍を達成しました。その他に、MTSはSamusungとの共同事業として、サンクトペテルブルクで5Gのテストゾーンを設置し、HDビデオのデモンストレーション等を行っています。

 

❸Beeline

 

BeelineもロステレコムやMTCと同様に、いくつかの企業と提携を結び5G開発を進めています。2018年には、Nokiaと5G、IoTサービス分野開発の提携を結び、2018年末にクラスノダ―ルでNB−IoTのテストを実施しました。また、同年にHuaweiと共にロシア発の5G通信を利用したホログラフィック通話の開発を成功させました。ホログラフィック通話とは、ゴーグルを通した通話で、VR分野などへの応用が期待できます。また、Ericssonとも5G・IoT開発に関する契約を結んでいます。

 

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ホログラフィック通話の様子(Huawaiの公式サイトhttps://www.huawei.com/en/press-events/news/2018/10/beeline-huawei-5g-holographic-callより引用)

 

❹メガフォーン

 

メガフォーンはロシアで最初に5G開発に着手したキャリアです。2019年の9月末までにモスクワで5Gパイロット版設立、2022年までに商用5Gサービス開始を予定しています。それに向けて、2014年にはHuaweiと5Gパイロット版設立の契約を結んでおり、スコルコボにおける5Gテストゾーン設置プロジェクトへロステレコムのパートナーとして参加しています。それ以外にも、5G通信による遠隔医療サービスのテストを2019年に実施する予定です。

 

❺Tele2

 

現在Tele2はNokiaと共に5Gの開発、特にIot分野への応用のための研究を進めています。それ以外に目立った動きはまだみられませんが、今後の動向には要注目です。

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このように、ロシアでは現在、大手企業がそれぞれ独自に開発・テストを行なっています。その一方で、4大キャリアで共同して単一5Gオペレーターを開発、使用するべきではないかという協議も続けられています。

また、5G開発は、前回の記事で紹介されている国家プロジェクト「デジタル経済プログラム」の活動範囲でもあります。デジタル発展の予算規模は年々増加しており、5Gインフラ開発へも多額の予算が割り振られると考えられます。

 

デジタル経済について詳しくは以下の記事をご参照ください。

「ロシアにおけるフィンテックと優秀スタートアップ」
russiabuzz.hatenablog.com

 

 

 



ロシアにおける5G開発は、現状として他国に遅れをとる形となっています。しかしながら、大企業による開発、テストゾーンの設置、国家のデジタル経済プログラムなどを考慮すれば、今後の発展は充分に期待できるのではないでしょうか。



②ロシアにおける5G関連イノベーションの発展可能性

 

ここまで5Gインフラについて注目してきましたが、今後その基盤をどのように活かしていくのかがカギとなってきます。5G通信の導入によって実現可能なこととして、高画質動画のリアルタイム再生、VR/AR、IoT、遠隔医療、更にはスマートハウスやスマートシティプロジェクト等があげられます。このような5Gを利用したイノベーションの開発が、現在どのようにロシアで進められているのかについて紹介していきます。

 

⑴ロステレコム

 

ロシア版シリコンバレーこと、モスクワ郊外のイノベーションセンター「スコルコボ」では、前述した通りロステレコム、Nokia、スコルコボ財団によって5Gネットのテストゾーンが開設されています。

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モスクワ・スコルコボの5Gゾーン(ロステレコム公式サイトhttps://www.company.rt.ru/projects/5G/news/d445929/からの引用)

 

1800MHzから3.5GHzの周波数で、Qualcomm Snapdragon 845というターミナルをベースにした設備が導入されており、これは4Gと5Gの共存を狙って整備されたものです。このテストゾーンは、インフラの開発の場だけでなく、5Gを利用したイノベーション開発現場としても機能しています。ロステレコムのサイトより申請書を記入することによって、スタートアップや企業団体等はこのテストゾーンへ参加することが出来ます。

 

また、スコルコボ以外にもサンクトペテルブルクのエルミタージュ別館(旧参謀長舎)、カザン(タタールスタン共和国)のイノベーションセンター「イノポリス」においても5Gテストゾーンが開設されています。これら設備もロステレコムのサイトから申請することで利用が可能です。

 

⑵NTI

 

NTIとは「National Technology Initiative」の略称で、プーチン大統領が2014年の教書演説で触れたことから始まった国家プロジェクトです。デジタル経済プログラムがインフラや人材など土台を整備するものであるのに対して、NTIは販売やサービス展開など、より実践的な分野を整えるプロジェクトです。

 

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https://asi.ru/eng/nti/

 

NTIプロジェクトは、2035年のマーケット予想をもとに特に発展が見込める9つの市場を逆算して作成したロードマップを用いて、技術開発や企業の育成をしていくという方針に基づいています。その方針にしたがって、大学や科学情報機関、ビジネスパートナーとの連携、組織化されたNTIコンピテンスセンターを開設、技術の開発、商業化への適応、人材の育成、パートナーの紹介などを行います。このようにして構築された「市場」「技術」「人材」「支援組織」の4つの要素からなるイノベーション企業発展の基盤を、最先端技術分野に興味のある企業団体等へ提供することで、国際的に活躍するIT企業を創造しようというのがNTIプロジェクトの狙いです。

 

このNTIの対応する枠組みには、もちろん無線技術や映像技術、自動運転技術など、5Gインフラによって発展するであろうイノベーションも含まれます。NTIのマトリックスによって、今後5G関連スタートアップが多く生まれる可能性が考えられます。

 

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このように、5Gテストゾーンにおける実践的な開発現場や、NTIにおけるイノベーション生成マトリックスなど、ロシアには5G関連プロジェクトを多数排出するために十分な条件が揃っていると言うことができます。



③優秀5G関連スタートアップ

 

今後ロシアにおいて優秀な5G関連スタートアップが生まれる可能性が大いにあるということが明らかになりましたが、現時点ではどのようなスタートアップが存在するのでしょうか。最後に、具体的なスタートアップの例を見ていきたいと思います。

 

⑴Cherry Labs

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https://caregiving.cherryhome.ai/how-it-works

 

Cherry Labsはロシア発のスタートアップで、現在はカリフォルニアに拠点を置いています。2016年に、ヤンデックスをはじめとする大企業とのパートナーシップに基づいて設立されました。2018年にGSR Venture等のファンドから資金提供を受け、今まさに成長しているスタートアップ です。

 

Cheery Labsは2017年に、Cheery HomeというIoT技術を利用したスマートシステムを考案しました。Cheery Homeには165度の角度を見渡せるカメラセンサーが2機搭載されています。それにより、家にいる人々をデジタルスケルトンで線画、その動画データとAIによって家族の危険をすぐにスマホ等に知らせます。現在はテスト運用中で、2019年からの販売開始を予定しています。

 

⑵GO+

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https://www.goplusplatform.com/

 

GO+は2013年に設立されたスタートアップです。Intelとパートナーシップを結ぶなど、世界的にも注目されているロシア発の企業です。

 

GO+は、あらゆるIoTデバイスを1つに結びつけるプラットフォームを提供しています。このプラットフォームの特徴は、どんな製品でもネットに接続できるものであれば簡単に利用可能であるという点です。これにより、例えばトラッキングサービスとスマート車内センサーを結びつけ、事故を感知した瞬間に、座標等詳しい情報を通報する新しいサービスを構築することができます。また、ビジネスの場でそれぞれのクライアントに合ったスマートサービスを提供することなども可能です。

 

⑶UNIM

 

UNIMはe-healthサービスを展開するスタートアップ の1つです。イノベーションセンタースコルコボともパートナーシップ提携を結んでおり、ロシアイノベーションに貢献する企業の1つでもあります。

 

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https://unim.su/

 

UNIMは、遠隔でがん診断のコンサルテーションを受けることを可能とするSaaSプラットフォーム「Digital Pathology」を開発しました。ロシア国内であれば、がん検査キットを配送料無料で受け取ることができ、3~4日後にはオンラインで結果を受け取ることができます。

5Gが発展すれば、オンラインによるリアルタイムコンサルテーションなどが実現するなど、これからのサービス向上がうかがえます。

 

その他のe-health系スタートアップ に関しては、以下の記事を参照してください。

「ロシアe-health系スタートアップを紹介」

 

 


russiabuzz.hatenablog.com

 

 

 

⑷NFWare

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https://nfware.com/

 

NFWareは、仮想化のソフトウェアを提供するスタートアップ で、2014年に設立されました。ロシアの有名老舗ベンチャーキャピタル、Almaz Capitalなどから投資を受けた実績もあります。

 

 NFWareは、ネットワーク機器の機能をサーバーの上に仮想化するNFVソフトウェアを開発しました。NFVソフトウェアの中でも、NFWareの製品はサーバーとの負担のバランスを取ることに優れており、トラフィックの処理やDDoS攻撃の防御、1つのIPアドレスをいくつかの使用者で共有するサービス等を得意としています。

 

 NFWareの技術は、5GやIoTといった次世代技術用の仮想化ソフトの基盤になると考えられています。現在は、ヨーロッパの大手キャリアTelefonicaやロステレコム、Mail.RuなどがNFWareのサービス利用をしています。




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アメリカやヨーロッパの主要国、韓国、中国と比較すると、ロシアの5G開発は遅れをとっているというのが現状です。その一方で、5Gインフラの整備を促すデジタル経済の枠組みやその取り組みに積極的な大企業が存在しているだけでなく、インフラを利用して関連分野を発展させるNTIのようなプロジェクトが進められているなど、ロシアには5G発展のための土壌が十分に整っているとも言うことができます。また、今回紹介したスタートアップ以外にも、優秀な5G関連スタートアップは数多くロシアに存在しますが、その数は今後も増えていくことが予想されます。

 

最後に日本の状況に目を向けてみると、日本での5Gの商用利用開始までには、もう1年も残されていません。韓国や中国など他のアジアの国は、すでにロシアの通信キャリアと5G開発やIoT分野発展に関する提携を結んでいます。5G通信とその関連分野で日本自身が、アジアの国に限らず他国と競争していくためには、ロシアの優秀な5G関連スタートアップへ目を向けてみることも1つの手なのではないでしょうか。

 

(リサーチ・執筆:松浦 瑠希 / 編集・執筆:田中 真奈美)